第一外科学教室は食道、胃、大腸などの消化管、肝臓、胆道、膵臓、ならびに乳腺の疾患に対して手術を中心とした治療にて病気が完治することを目指しております。その中で特に生命を脅かす疾患のがんは最大の難的であり、日々治療の進歩に心掛けています。また最近では1型糖尿病の治療法として、膵ランゲルハンス島(膵島)移植が本邦において承認されたものの、煩雑な手技が必要であり、簡便な方法が求められています。

現在、大きく4つの柱、

  • (1)胃癌に対する浸潤、転移機構の解明
  • (2)大腸癌に対する浸潤、転移機構の解明ならびに新規治療の開発
  • (3)乳癌に対する内分泌治療効果予測診断の開発
  • (4)膵臓ラ島の分離、移植法の開発
  • について行っています。ひいては近い将来、患者さんに応用できることを目標にしています。

がんの時代に対する取り組み

日本人の2人に1人が「がん」になり、3人に1人が「がん」で亡くなる時代です。死亡数が最も多いのは、肺がんです。続いて、大腸、胃、膵臓、肝臓といった消化器がんが6-7割を占めます。 特に、大腸がんの死亡数は2012年には女性1位、男性3位となり、50年前に比べて8倍に増加しました。当科では1990年前半にDNAやRNAなど遺伝子レベルでの治療が近未来において必要となることを考え、研究を開始しており、遺伝子検索/療法と外科療法の両面からがんの克服を目指して研究に取り組んでいます。

胃癌領域での研究

癌幹細胞は、自己複製能と多分化能を有し、僅かな細胞からでも癌を形成する強い腫瘍造成能を有し、さらには治療抵抗性や再発・転移と強い関連があると考えられています。胃癌領域において、G蛋白共役受容体Protease activated Receptor 1 (PAR1)因子の活性化により、癌幹細胞が多数存在するとされるside population(SP)細胞に移行すること、さらに高い腫瘍形成能(図1)と抗癌剤耐性を有することを明らかにしました。またPAR1因子陽性胃癌細胞株において、上皮間葉移行に重要な E-cadherinの発現量の変化とHippo-YAP pathwayによるSnailの核内移行が深く関与していることも確認されました。現在胃癌の新しい転移機序の解明を目指しています。

大腸癌領域での研究

近年、大腸癌患者は罹患率および死亡者数ともに増加傾向にあります。最大の予後因子は血行性転移であり、これまで種々の血管新生因子に対する分子標的薬が開発され、一定の治療効果をあげています。しかしその効果は十分とは言い難く、新規治療法の開発が望まれています。

Prokineticin(以下PROK)は消化管の筋収縮を刺激する物質として同定され、PROK1、PROK2が存在します。PROK1およびPROK2は、それぞれヒトでは1p21と3p21.1領域に存在し、G蛋白共役受容体でヒト2q14上に存在するPROK-R1受容体と、20p13に存在するPROK-R2受容体のそれぞれ2つの受容体に対して異なる親和性と効力を示し、生物学的活性を発揮すると考えられています。またPROK受容体はGq,Gi,Gs蛋白と共役し、細胞内Ca動態、p44/p42MAPキナーゼのリン酸化、セリンスレオニンキナーゼAktの活性化、cAMPの蓄積を調整する働きをもつとされ、これらのシステムが複雑に相互作用し、様々な機能に関与すると考えられています。

私どもは大腸癌細胞株を用いた実験系において血行性転移の関わりや、腫瘍増殖との関連を見出し(図2)、また、私どもは独自の技術で、抗PROK1モノクローナル抗体を作製し、この抗体を用いた免疫化学組織染色によりヒト大腸癌においてPROK1が発現すること、そのPROK1発現が独立した予後因子となることを確認しております。現在、抗体を用いた血管新生増殖の抑制から癌細胞の増殖・浸潤・転移の抑制等の解析を行なっており、新規治療法に向かって研究を重ねています。

乳癌に対する内分泌治療効果予測診断の研究

乳癌患者における内分泌治療効果予測についてFES-PET検査を用いた研究を行っています。

一般に乳癌原発腫瘍のエストロゲン受容体(ER)が発現しても、その構造異常や転移巣での発現低下、増殖因子等の発現により、内分泌治療無効例が認められ、臨床的有用率は約60%と低値であり、正確に効果予測できる判定検査が必要とされています。そこで、エストロゲンの誘導体([F-18]Fluoroestradiol(FES)を用いてPET検査を施行し、転移再発乳癌における内分泌治療効果予測における有用性を検討しています。22例の閉経後転移再発乳癌にアロマターゼ阻害剤を用いて一次内分泌治療を行い、本検討を行ったところ、転移腫瘍にFESの集積を認めた13例のうち10例で内分泌治療が有効(陽性反応適中率77%)であり、無効であった3例はPgR発現0%かつpS6kinase核濃染陽性が示されました。(転移腫瘍にFESの集積を認めない9例のうち内分泌治療無効例は6例(陰性反応適中率66%))さらに、アロマターゼ阻害剤投与後に増悪を示し、2次以降の内分泌治療として抗エストロゲン剤であるフルベストラント(5例)とエチニルエストラジオール(EE2)(1例)を投与した症例においても同様に検討を行ったところ、全例に転移再発腫瘍にFESに集積を認め、上記の内分泌治療効果が認められています。現在もFES-PET検査によって内分泌治療効果判定が可能となるように研究を継続しています。

成人病:糖尿病に対する膵島移植への取り組み

膵島移植は、1型糖尿病の治療法として膵臓移植と同様に本邦でも施行することができるようになりました。しかし膵島移植は、臓器移植と比較し移植の簡便性では優れている一方で、ドナー不足と膵臓の処理過程の煩雑さのため十分量の膵島が確保できないことが大きな課題となっています。これを克服するために、良質な膵島を分離法、培養保存法、凍結保存技術法について研究に取り組んでいます。

膵ランゲルハンス島(膵島)移植の研究

当科では開講当初からラットやマウスなどの小動物だけではなく、仔豚、繁殖豚などの大動物からも膵島を分離し、それらの培養保存、凍結保存を行ってきました。移植免疫関連では、移植膵島への放射線処理やマイクロカプセル(免疫隔離膜)への封入によって異種移植における移植効果が延長されることを見出しました。さらに膵島分離の改善には、蚕の繭から抽出されるセリシン(絹タンパク)やラッキョウから抽出されるフルクタンの細胞保護効果により、膵島分離における収量の増加が認められました(図3,4)。また培養保存においてもセリシンやフルクタンによって無血清培地での培養保存が可能で、より安価に行えることも見出しています。

現在、医療工学分野とタイアップし、より安全で簡便な膵島移植デバイスの開発とその最適な移植部位の研究を継続しています。

分離液内セリシン濃度と採取された膵島サイズとの関係 腎被膜下移植後の膵島(H-E,insulin染色)